19.読本‐その1

2017年12月

日本の近代初等教育において、児童生徒の人格・思想形成に深く関係を持った教科は「脩身」と「讀本」である。今回から国定期の読本についてみてみよう。第一期の読本教科書の編集は、早くから準備された修身とは異なり、明治35(1902)年より教科書審査官吉岡郷甫きょうすけを中心として急速に着手された。この国定読本は一般的に「イ エ ス シ」本と呼ばれる。尋常小学校4学年8冊と高等小学校4学年8冊の計16冊である。明治36年と37年に発行され、日露戦争の勃発した明治37年の4月から使用された。編纂趣意書には「材料ハ人文教科又ハ實科ジッカ的教科ノ一方ニ偏セス廣ク義務教育ヲ有効ナラシムニ價値アルモノヲ選擇シ…」とあるように道徳、理科、地理、歴史、産業、政治、軍事、文学など多分野から取材され、総合的に編集されている。特に理科的教材と近代社会生活を理解させる啓蒙的教材が多い。

第一期の国定読本

第一期の国定読本

尋常小學讀本一の訛音教材

尋常小學讀本一の訛音教材(イ エ、ヂ リ)

特色を見てみると、学習漢字は尋常小用で500字、高等小用まで含めても850字に制限されている。これは明治33年の小学校令施行規則を遵守している。ひらがな学習は二年生からとなっていて、カタカナが先習である。その理由は「發音ノ教授ヲ出發点トシテ兒童ノ學習シ易キ片假名ヨリ入リ…」とある。表記・表現面では、検定期後期に見られる棒引きかな(タロー、ガッコー)が多用され、口語文が多いという特徴がある。最も重要な方針は標準語教育である。先ず発音教育を出発点として標準語の確立の立場から訛音かいん矯正を企図し、イとエ、シとス、ヒとシ、ダとラ、ヂとリなどを文字・音と模範語の挿絵を一緒に載せている。東京山の手の中流階級の言葉を基準とした。

第一期の国定読本

第一期の国定読本

明治38年、日本はローズベルト米大統領の斡旋による日露戦争講和条約(ポーツマス)に調印した。その結果、朝鮮半島と満州地方の実質的支配権及びサハリンと付属諸島を得た。欧米列強の仲間入りを果たした日本であったが、戦費捻出のための増税に苦しんだ国民は、賠償金が取れないことへの不満を爆発させ、各地で暴動(日比谷焼打ち事件など)を起こし、世情は暗転する。世情不安と戦後恐慌の中、政府は道徳心を強化する為「戊申ぼしん詔書」を発布した。第二期の国定読本はこの様な状況の中で改訂が行われ、まず、ウシワカマル(巻二)、ゐなかの四季(巻七)、水兵の母、靖国神社(巻九)、我は海の子(巻十一)など国民精神を涵養する教材が重視された。そして日露戦争後の国粋主義の高まりに応じ、軍国教材が増えた。廣瀬中佐(巻七)、橘中佐(巻八)、水師營すいしえいの會見(巻十)、日本海海戰(巻十二)などである。筆者が東書文庫の館長時代、「水師營の會見」を展示していた半年位の間に、参館されたうち、三人のご高齢の方がこの「水師營の會見の歌」を懐かしそうに口ずさんでくれた。教育の力をまざまざ認識させられた。この唱歌はYouTubeで簡単に聞くことができる。皆さんも一度聞かれたら如何でしょうか。(続く)

*講談社日本教科書大系参照
※資料は全て東書文庫蔵

第二期の尋常小學讀本の水兵の母

第二期の尋常小學讀本の水兵の母

第二期の尋常小學讀本の水師營の會見

第二期の尋常小學讀本の水師營の會見


(荒井登美也)