野口英世と英語教科書


平成16(2004)年度から1000円札の肖像画が、夏目漱石から野口英世に変わることになった。

野口英世は明治9(1876)年に福島県猪苗代町に生まれ、昭和3(1928)年西部アフリカで51才の生涯を終えた。その足跡と偉大な業績は医学専門書や、数え切れない伝記に記されている。また彼の人間性についても、さまざまな角度から光をあてられている。

今回は野口清作が少年時代使用した英語の教科書を紹介することにする。英世という名前は、明治31年22才の時、心機一転のため改名した名であり、少年時代の名は清作である。

野口英世

手の火傷手術直後の野口清作(15歳)

野口家は古い文書によると寛政9(1797)年まで遡れる中農であったが、以後没落を重ねた。清作の母おしかは5才で子守りに出された後、働きずくめで寺子屋にもいけない状態であった。おしかは寺子屋を開いている住職に字を教えて貰うことを頼み込み許しを得た。筆、墨、硯、紙は高価で手に入らないので、お盆に乾いた灰を入れ、住職に書いて貰った平仮名を手本に書いては消し、わずか数日間で覚え、住職を驚かしたという。このエピソードは野口英世との濃い血脈を感じさせる。

おしかは明治5年小檜山佐代助を婿養子として結婚する。1年後に長女が生まれ、3年後に清作が誕生する。佐代助は出稼ぎを続け、其の上酒とバクチで家に寄り付かない。清作が1才半の時、いろりに落ちて左手を大火傷する。医者に行く金はなく、左手は棒のようになった。周知のように、成長するに従って、心ない周囲の嘲りや貧困は清作の精神に大きなトラウマを残した。

明治16(1883)年、清作は三ッ和小学校に入学する。当時の学校制度は初等科3年、中等科3年、高等科2年という編成であった。しかし明治19(1886)年の「小学校令」による改正のため、尋常小学校は4年制となり、其の上に1年温習科が設けられた。当時は西洋諸国をまねて、激烈な試験制度が導入された。清作はいずれも優秀な成績でパスした。温習科の上は高等小学校である。高等小学校に通えるのは、村の富裕層の子弟に限られた。清作の秀才ぶりは突出していたが、貧困のため通学は不可能であり、また手の障害のため労働にも従事できないという悲惨な状況に追い込まれていた。こんな時「生涯の師」と言われる小林栄に巡り会ったのである。小林栄は猪苗代高等小学校の首席訓導であり、たまたま三ッ和小学校の卒業試験官になった。小林訓導は清作の才能を見抜き、また惨めな境遇も知り、清作母子を自宅に招き、話しを聞いた。二人の情熱は小林の心を打ち、清作の高等小学校入学を後援しようと決意した。

明治22(1889)年、清作は猪苗代高等小学校に入学する。往復三里の道を4年間通うことになる。学校の水準は小村にしては非常に高度であったという。商業過程と農業過程を選択することができ、清作は農業過程を選んだ。またこの学校の特色は英語にあった。

明治19(1886)年の小学校令改正以降、外国語科は随意科目ないし加設科目として位置づけられており、実際に正課に取り入れられた学校は少なかった。明治23(1890)年、文部省は小学校令施行規則で外国語科の方針を初めて明示した。「高等小学校ノ教科ニ外国語ヲ加フルトキハ将来ノ生活上其知識ヲ要スル児童ノ多キ場合ニ限ルモノトシ読方訳読習字書取会話文法及作文ヲ授ケ外国語ヲ以テ簡易ナル会話及通信等ヲナスコトヲ得セシムベシ」とある。

清作自身も英語が大好きだった。当時の教科書は明治19(1886)年から始まった検定制度下にあった。明治22年度には25種類の英語教科書が検定に合格していた。しかし実際には、未検定の舶来の教科書も使用されていた。『ナショナル(NATIONAL)』、『ロングマン(LONGMAN)』、『スイントン(SWINTON)』などである。猪苗代高等小学校が使用した教科書はバーンズの『ナショナルリーダーズ』であった。中学校でもよく使われ、第5巻まで出版されたが、高等小学校では第3巻まで使用された。ちなみに第4巻15課の「ふか」は翻訳されて国定第三期の『小学校国語読本巻11』に出ている。また第5巻12課「月光の曲」は『小学国語読本巻12』に採られているなど影響が非常に強い教科書である。

清作の家にはランプがない。夜は隣家の旅籠屋松島屋の風呂焚き仕事を手伝いながら、ナショナル リーダーを勉強したという。また田の見回りなどにも、絶えず懐にリーダーを入れていたという。

清作の左手は、小林先生を初め教師と生徒の募金で、会津若松市の医師渡辺鼎氏により手術が行われ成功した。高等小学校を首席で卒業した清作は、それが縁で渡辺家で働くようになる。清作はたちどころにドイツ語フランス語をマスターする。清作16才、医学の道を志したのである。

ナショナル(NATIONAL)
ロングマン(LONGMAN)
スイントン(SWINTON)

"Twinkle,twinkle,little star; How I wonder what you are! Up above the world so high, Like a diamond in the sky."

When the glorious sun is set, When the grass with dew is wet, Then you show your little light, Twinkle, twinkle,all the night.

All things bright and beautiful, All creatures great and small, All things wise and wonderful, The good God made them all.


(藤村恵)