図1
江戸時代になると、京都を中心として「そろばん塾」がいくつも現れたようである。そのようなそろばん塾の中で毛利重能というかつて秀吉に仕えていたという噂のある者の塾が有名であり、多くの弟子が集まったという。毛利はそろばんを使って生活上におこる諸問題を解くための教科書とも言える『割算書』(現存するこの書には題簽がなく、昭和2年に与謝野寛たちが名をつけた)を刊行した。割算の九九である「八算」から始まるもので、そろばんの計算ドリルではなく実生活でおこる様々な計算を取り上げた数学書である。内容や計算処理法から当時の社会が見えてくる。先ず、目次の項目をあげると次の通りである。
(1)八算(一桁の割算の九九)、見一算(二桁の割算九九)、四十四割(44で割る場合の九九、金は大判10両の重さが44匁であったことによる)、四十三割(43で割る場合の九九、銀は43匁を1包にしたことによる)、小一斤(16で割る場合の九九、中国では1斤が160匁であったことによる)、糸割(64で割る場合の九九、日本では1斤は250目であったから)
(2)絹布の売買
(3)枡数積
(4)金かねかへ
(5)借銀利息
(6)米の売買
(7)検地
(8)普請割 (立木についての計算)
(9)町見(測量)
このうち(3)の中にある壷の容積を近似的に求める問題を紹介する。図1のような壷がある。口の直径が1尺、口の下の細い部分を「こしき」といってその幅が3寸、肩の部分の直径が1尺5寸、最も太い部分の直径は2尺、その下の部分が1尺8寸、底の部分の直径は7寸、こしきまでの高さが2尺2寸である。こしきから下の4つの部分の直径の平方を平均して円積率の8を掛け、こしきの部分を円柱とみなして容積を求めて加えれば求められる。














